大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)105号 判決 1975年3月25日

原告 石橋興一 ほか一名

被告 国

訴訟代理人 房村精一 荒木文明 ほか一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判<省略>

第二原告らの請求の原因

一  原告らの地位

1  原告石橋は、早稲田大学政経学部の学生であり、原告新島は、同大学同学部の教授であつて、両名はいわば「師弟」の関係にある。

2  原告石橋は、昭和四四年一一月一六日兇器準備集合罪で逮捕され、引き続き同罪で起訴勾留され、同四五年六月当時、東京都豊島区東池袋に所在した東京拘置所に拘置されていた。なお、同原告は、同四六年五月五日保釈により同所を出所した。

3  原告新島は、昭和四四年五月ころから自発的な救援活動家の集団である「杉並救援会」に属し、拘置所等に身柄を拘禁されている活動家に対し、党派を問わず差入れや接見を行つてきた。

二  本件接見拒否

1  東京拘置所においては、在監者と一般人との接見につき、「一人一日一回」という原則的制限を設けている。

2  原告新島は、東京拘置所に勾留されていた刑事被告人である学生岩井哲及び原告石橋の両名に接見しようと考え、昭和四五年六月一六日午前九時四五分ころ、東京拘置所第一正門接見受付所において、備え付けの「面会願」用紙の「あいたい人の氏名」欄に右岩井及び原告石橋両名の氏名を記載し、受付係員(看守部長磯部照之助)に提出して両名に対する接見を申し出た。

ところが、右受付係員は、「片方を消さなければ面会許可ができない」と言つて、右「面会願」用紙に在監者一名の氏名しか記載を認めず、二名の在監者との接見の申出を拒否した。

そこで、やむをえず、原告新島は、右用紙に記載した原告石橋の氏名を消してこれを右受付係員に提出し、まず岩井との接見を済ませ、同日午前一〇時一六分ころ、再び受付窓口に原告石橋の氏名を記載した「面会願」を提出し、同原告との接見を申し出たところ、前記受付係員は、「すでにあなたは今日一名に接見しているから石橋とは接見できない」と言つて、右申出を拒否した。

以上の一連の拘置所側の処置は、明らかに、前記接見回数制限に基づく、原告新島の一日二名の在監者に対する接見申出に対する拒否処分といいうるものであり、これによつて、同日、原告新島は、同石橋との接見を拒否された(以下これを「本件接見拒否」という。)。

三  本件接見拒否の違法性

1  「一人一日一回」の接見回数制限の違法

東京拘置所における右制限は、法的根拠もなく、また合理的な理由もない違法なものである。すなわち、

(一) 一般国民が在監者と接見する自由については、日本国憲法上直接これを保障する明文の規定はないが、憲法の自由の保障に関する規定は、本来国民が享有する自由権のうち、歴史的、社会的に特に重要なものについて個別的に明文を置くと共に、そこに記載されていないものについても一般的にこれを保障する趣旨を含むものと解すべきであり、したがつて、一般人が在監者と接見する自由に対して、国家は原則としてこれを制限することは許されないものといわなければならない(憲法一三条)。

また、未決拘禁者(在監刑事被告人)といえども、国民として憲法によつて保障された基本的人権を享有するのはもちろんのことであり、身柄の確保と罪証隠滅の防止という拘禁目的のためやむをえない制限のほかは、外部の一般人と自由に会つて諸々のことについて話し合う権利が保障されなければならない。

そして、未決拘禁者は、刑訴法による裁判所の接見禁止処分(同法八一条)がない限り、自由に一般人と接見できるのであつて、拘置所長には、右裁判所の処分に優越して未決拘禁者と一般人との接見を拒否する権限は与えられていない。刑事被告人は刑訴法による制限以上の基本的人権の制限を受けるものではない。

(二) 被告は、拘置所長は営造物の管理者として在監者の接見につき許否の裁量権を有する旨主張するが、監獄法四五条は未決拘禁者の接見が自由に認められるべきことを示すものであつて、同条一項は、未決拘禁者の接見が罪証隠滅や逃亡のおそれにつながる場合にのみ、監獄の長はその接見を拒否できるという極めて限定された権限を規定したものと解すべきである。

のみならず、拘置所における未決拘禁者と一般人との接見回数を「一人一日一回」と制限し得る法的根拠は全くない(明治四一年に制定され、極めて問題の多い監獄法にすら未決拘禁者の接見回数を制限する規定を置いていない。)のであつて、接見回数の制限について触れた通達もない。

かえつて、「監獄法運用ノ基本方針ニ関スル件」(昭和二一年一月四日刑政甲一)は、被拘禁者の拘禁による不自由を能う限り緩和するよう命じ、更に「窓口事務の改善について」(昭和二二年九月一三日行甲一二一八行刑局長通達)は、接見事務の能率化をはかり、接見時間をなるべく長くし、執務時間外又は休日といえども遠来の人の接見申出を無下に断るようなことをしないこと等を命じているのである。

(三) 被告は、東京拘置所における接見事務処理可能限度から「一人一日一回」の接見回数制限は必要かつ合理的なものである旨主張するが、未決拘禁者の接見交通権という重要な権利を拘置所の事務処理能力(東京拘置所の場合、事務処理能力についても、後記のように被告の主張は根拠のないものであることが明らかであるが、)などという理由によつて制限し得るものではない。国家の施設において予算等の理由で国民の権利を制限することは許されないのである。

在監者とりわけ独居拘禁を強いられている刑事被告人(原告石橋もそうであつた。)にとつて、接見は極めて重要なものなのである。独居拘禁を強いられている刑事被告人にとつては、二四時間が孤独の連続である。わずかに手紙、ラジオ、書籍だけが情報の交換手段であるが、これとても常に拘置所当局によつて不当な制限が加えられ、十分な手段たり得ない。したがつて、知人や親族と接見することは、高い塀の内側からほんの瞬間外の空気に触れる貴重な出来事なのであること等を考えれば、在監者が接見に大きな喜びと期待を持つことは理解し得るはずである。また、独居拘禁中の被告人の心理にとつて接見が極めて重要であることは、精神科医によつて指摘されている。

東京拘置所の事務量は、他施設に比べ特に多大なものであるとみることはできないのみならず、その接見事務処理も「一人一日一回」の回数制限をしなければ絶対に成り立たないものではないはずである(一回の接見時間はわずか五分間に過ぎない。)。弁護人や検察官の接見回数や時間が無制限であることと事務量との関係はどのように説明されるのであろうか。

新潟刑務所、京都拘置所では一日二名まで接見でき、旧小菅刑務所では一日三名まで接見できたし、浦和刑務所では接見回数に制限はない。また、一回の接見時間も新潟刑務所では三〇分間、浦和刑務所では二〇分間、旧小菅刑務所でも七分間である。東京拘置所の接見回数制限は、これらの実例と比べても合理的根拠を欠く不当なものであることが明らかである。

以上のとおり、東京拘置所における「一人一日一回」の接見回数制限は、法的根拠もなく、合理的理由もない違法なものといわざるをえない。

2  本件につき、回数制限の例外的取扱いをしなかつた違法

被告の主張によれば、「一人一日一回」の制限は絶対的なものではなく、例えば、「訴訟事件の連絡等特に必要が認められる場合」、「遠方から来所し、その日のうちに接見する必要が認められる場合」等には、右の制限を越えて許可することもあるというのであり、また、証人小林晴次(当時東京拘置所管理部保安課接見係長)や同磯部照之助(前記受付係員)の証言によれば、「面会者があと一人にどうしても会いたいという時は、受付係から接見係長に連絡し、その判断を仰ぐ」ことになつていたというのである。

本件において、原告新島は二度にわたつて同石橋の氏名を記載した「面会願」を出し、強くその面会を申し出たのであるから、受付係員としては、接見係長にその旨連絡し、同係長の判断を仰ぐべきであつたといわなければならない。

そして、もし、原告新島がそのように扱われていたならば、同原告が大学教授で多忙を極め、講義の関係で当日(火曜日)しか接見に来られないこと、原告石橋の刑事公判を三日後に控えていること等の諸事情が判断の資料とされ、前記例外の理由があるとして接見を許可される可能性は十分にあつたといいうる。

しかるに前記受付係員は、原告新島が「どうしても二人に会いたい」と強く言つたにもかかわらず、「規則で会えない」とくり返すのみで、ついに接見係長に連絡しなかつたのである。

したがつて、受付係員のした本件接見拒否は違法であり、同係員のとつた措置には過失があつたとみるべきである。

四、五 <省略>

第三請求の原因に対する認否<省略>

第四被告の主張<省略>

第五被告の主張二の3に対する原告らの反論<省略>

第六証拠関係<省略>

理由

一  本件の事実関係

1  請求の原因一の1、2及び二の1の事実並びに同二の2のうち、原告新島が、昭和四五年六月一六日午前九時四五分ないし五〇分ころ、東京拘置所第一正門接見受付所において、備え付けの「面会願」用紙の「あいたい人の氏名」欄に同拘置所在監中の刑事被告人岩井及び原告石橋両名の氏名を記載し、受付係員に提出して両名に対する接見を申し出たが、受け付けられず、右用紙に記載した原告石橋の氏名を消して右受付係員に提出し、岩井との接見を行つたことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠省略>を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

原告新島は、昭和四三年ごろから主として杉並区内の警察署に勾留されているいわゆる公安事件関係者に差入れや接見などの救援活動を行つていたが、東京拘置所には、昭和四五年六月一六日の本件接見のため初めて行つたので、同拘置所で「一日一人一回」という接見回数制限を設けていることは知らなかつた(右回数制限を掲示した掲示板は面会人待合室にあつて、受付所掲示の「面会申込み用紙の書き方」からは、当然には右回数制限は知り得ない。)。

そこで原告新島は、当日岩井と原告石橋の二人に接見したいと考え、前示のとおり、接見受付所において所定用紙に岩井及び原告石橋両名の氏名を記載し、受付係員(磯部看守部長)に提出したところ、同係員から二人名前を書いたのではいけない、片方を消さなければ接見は許可できない旨告げられ、どちらを消すかと言われたので、とりあえず原告石橋の氏名を消し、岩井に接見した(この段階では前記回数制限の説明はされていなかつたか、少なくとも原告新島には徹底していなかつた。)。

原告新島は、岩井との接見を終つた後、同日午前一〇時二〇分ころ、接見受付所において、こんどは「面会願」の「あいたい人の氏名」欄に原告石橋の氏名のみを記載し、前記受付係員に提出したところ、同係員は、原告新島が既に一人に接見しているので一日に二人には接見させられない旨を告げ、なぜ会わせないかという原告新島の問いには、規則でそうなつている旨述べるだけであつた。原告新島は、納得できず、非常に忙しい体なので今日二人に会いたい、明日来るわけにはいかないなどと述べ、数分間やりとりしたが、受付係員は規則で会えない旨をくり返すのみであつたので、やむを得ず、右「面会願」を窓口に差し置いたまま帰つた。

3  ところで、<証拠省略>を総合すると、東京拘置所長は、弁護人でない一般面会人の在監者との接見につき、一人一日一回を原則とする旨の回数制限を設け(この事実は当事者間に争いがない。)、また、「面会願」用紙は、接見事務の整理上、一件(在監者一名との接見)につき一枚ずつ記載を求める取扱いにしていたこと、前示原告新島の接見申出に対しても、受付係員は、右「面会願」用紙の取扱いと前記原則的回数制限に従つて処理したものであることが認められる。

4  以上の事実によれば、当日東京拘置所の接見所の接見受付係員は、原告新島の同石橋に対する接見申出を所長の定めた一般面会人についての接見制限に基づいて拒否し、これによつて同日原告新島は同石橋との接見を行うことができなかつたことが明らかである。

二  原告新島に対する違法行為の存否

そこで、まず、前示受付係員の行為が原告新島との関係で違法行為となるか否かについて検討する。

1  原告は、前示拘置所長の定めた一般面会人の在監者との接見を一人一日一回とする旨の制限は違法である旨主張する。

(一)  未決勾留は、刑訴法に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁者を収容して、これを集団として管理するに当たり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、右の目的に照らし必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむを得ないところである。

人が人と会い、語りたい欲求は自然のものであり、そのような機会を理由なく奪われない利益は、基本的人権の一つとして尊重されるに値するものというべきであるが、未決拘禁者は、前記拘禁目的上、本来、外部の者と隔離して身体の自由を拘束される関係から、外部の者との接見につき所要の制限を受けることは当然であり、当該監獄における接見需要の多寡、監獄の人的、物的戒護能力及び当該接見の目的、緊要性その他諸般の事情の下において、接見の許容が拘禁目的を阻害し、監獄の正常な管理運営に支障をきたすおそれがある場合には、これを制限することもやむを得ない。そして、具体的場合における接見制限の有無及び態様については、監獄という特殊な集団的拘禁施設において、所内の事情に通暁し、かつ、専門的技術的知識と経験を有する監獄の長の判断にある程度の裁量を認めざるを得ず、その裁量権の行使が客観的にみて右の合理的必要性の範囲内にとどまるものである限り、それによる自由の制限は法の許容するところというべきである。

外部の一般人が在監者と接見する利益についても右と同様であつて、在監者が拘禁目的に由来する接見の自由の制限を受忍することの結果として、外部の者も在監者との接見につき同様の制限を受けることはいうまでもない。

(二)  監獄法四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と定めているが、この規定は、いかなる場合にも一般面会人と在監者との接見を許さなければならないとの趣旨に解すべきではなく、同法四五条二項、五〇条並びに同法施行規則一二〇条ないし一二八条を通覧すれば、監獄法令は、一般面会人と在監者との接見については、監獄の管理運営上支障のない限度でその接見を保障しているに過ぎないものであつて、その許否につき所長に裁量権を認めていることが明らかである。

もとより、人と人との接見の利益を尊重すべきことは前記のとおりであり、監獄法も在監者との接見につきこの趣旨を汲んだものと解されるから、拘置所長が十分の人的物的施設を有しながら、何ら合理的理由も必要もなく、いたずらに一般の接見を制限する措置をとつたとすれば、違法の問題を生ずるであろう。

(三)  <証拠省略>を総合すれば次の事実が認められる。

(1) 本件当時、東京拘置所は、総収容人員一七〇〇名を数え、このうち暴力団関係者は約五〇〇名、公安事件関係者は二五〇名から三〇〇名であつた。

そして、暴力団関係者の面会人は、親分にも兄貴分にも会いたいなどといつて、一人で十数件もの接見を申し出る場合が多く、また公安事件関係者の面会人は、いわゆる救援会関係者が圧倒的に多く、一人で五人にも十人にも接見したいと申し出る例が相当あり、したがつて、接見需要は極めて多く、接見を無制限に許容した場合には、一日の接見総数はぼう大なものとなり、ひいては、同拘置所における接見が一部特定の面会人又は在監者に独占される結果となることが明らかに予見された。

(2) 一方、東京拘置所の職員総数は四五五名で、このうち接見係の属する保安課の職員は約三〇〇名であるが、接見係に配置される人員は二〇名から多くて二四名が限度であつて、接見申出が増えたからといつて急な増員は望み得ない状態であつた。

そして、接見係に配置された者も、午前八時三〇分以前は他の保安事務があり、また夕刻には、昼夜勤者は夜勤準備の時間が必要であり、日勤者は舎房の夕食の配当、点検等の仕事があるから、接見事務は午後四時三〇分までにはすべて終了するように配慮する必要があつた。

(3) そこで、同拘置所長は、右のような限られた人員と時間内において、多数の接見希望者になるべく平等に接見の機会が与えられるようにとの配慮から、在監者、一般面会人の双方について一人一日一回という原則的制限を設け、一件の面会時間は運用上五分程度を基準として接見事務を処理させ、しかも、接見係の職員を受付、進行、連行、立会等の係に分けて仕事を分担させ、面会人の待時間をできるだけ短縮するように能率的に接見を実施するようにさせていた。

(4) このような制限を設けて行われていた本件当日を含む昭和四五年六月九日から二二日までの土曜、日曜を除く平日の接見の許可件数は、多い日で三二四件(うち一般面会は二八一件)、少ない日でも二三九件(うち一般面会は一九〇件)に達し、三〇〇件をこえる日が四日あつた。

そして、前記接見事務に携わつた職員の経験では、前記職員数による最大限の接見処理可能件数は約三五〇件前後とみられていた。

(四)  以上の事実によれば、本件の当時、東京拘置所において、職員の処理能力を越える極めて多数の接見需要に対処する方法として、一般面会人及び在監者の双方に対して一人一日一回の回数制限を維持していたことについては、後記2(一)認定の例外的取扱いの運用とあいまつて、一応の合理性及び必要性があつたものと是認せざるを得ない。

原告は、未決拘禁者の接見交通権という重要な権利を拘置所の事務処理能力などという理由により制限することは不当である旨主張するが、接見需要に対応して拘置所の人的物的施設をどの程度保有すべきかは、接見制限により在監者及び面会希望者の受ける不利益の程度と国の財政上の負担との衡量により決すべき国の政策上の問題であつて、原告主張のように、接見需要を無制限に充足し得る程度の施設を保有すべき義務が国にあると一概に解することは相当でない。そして、東京拘置所における右の程度の接見制限をもつて、国の施設保有に関する政策上の裁量が著しく不当であると評価すべき事実関係の立証はないから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、一件の接見事務を職員一人で処理するのに要する時間は一八分以内であるとし、これを前提に当時の処理件数よりはるかに多い接見を処理できたと主張するが、当時同拘置所においては、右回数制限を設けることにより処理可能限度に近い件数の接見を処理し得ていたことは前記認定のとおりであるのみならず、一件当たりの接見事務の処理に要する時間は、職員及び施設に存する諸事情のほか、面会人及び在監者側に存する諸々の条件により大きく異なることが明らかであるから、かかる個々の具体的案件における様々の付随事情を考慮しないで、機械的に所要時間を確定できるものではないし、一人の職員が一件を処理するに要する時間をもつて、機械的に当該施設における集団的事務処理能力の総計を測定することは困難であるから、前記の原告の主張は直ちに採用することはできない。

(五)  したがつて、本件においては、拘置所長の定めた一般面会人の接見は一人一日一回とする旨の原則的制限に従つて原告新島の接見申出を拒否した受付係員の行為を、その制限のゆえに違法視することはできない。

2  次に、前示受付係員の行為に原告主張の他の違法(請求の原因三の2、例外的取扱いをしなかつた違法)があるか否かについて検討する。

(一)  <証拠省略>を総合すると、東京拘置所においては、一般面会人の在監者との接見につき前示原則的制限を行つていたが、面会人が受付でどうしてもその日に在監者と接見したいと主張してその事情を述べたときは、受付係から接見係長に連絡するものとし、同係長において面会申出人から更に事情を聞いたうえで、在監者が友人と接見した後親族が接見のため来所した場合、訴訟事件の連絡等特に必要が認められる場合、あるいは、遠方から来所し、その日のうちに接見する必要が認められる場合においては、同係長の判断で例外的に一人一日一回の制限をこえる接見を許すこともあつたことが認められる。

そうであれば、拘置所長が右のような例外的な接見を許す扱いにしているのに、右例外事由に当たる者に対して受付係の一存でかたくなに接見申出を拒否したとすれば、そのような受付係の行為には違法の問題の生ずる余地もありえよう。

(二)  しかし、本件においては、前示認定のとおり、原告新島が非常に忙しい体なので今日二人に会いたい、明日来るわけにはいかないなどと述べたことが認められる程度であつて、他に同原告が前示例外の場合に該当するような事情を開陳したと認めるに足りる証拠はない(もつとも、受付係員の方も規則で会えない旨をくり返すのみであつたが、例外があり得る旨を告知しなければならないとの義務も認め難く、<証拠省略>によれば、同原告の住所は都内杉並区であり、接見の用件が安否伺いにすぎないことは、同原告の提出した面会願の記載から明らかであつたことが認められる。)。また、本件全証拠によつても、原告新島につき前示例外事由に該当したことを認めることはできない。

してみると、前示受付係員の行為には、格別違法と目すべき点はないものというほかない。

3  したがつて、その主張のような違法行為があつたことを前提とする原告新島の本訴請求は、理由がないことが明らかである。

三  原告石橋に対する違法行為の存否

前示事実によれば、原告石橋は同新島と接見することができなかつたのであるが、それは、拘置所長が一般面会人についてその接見は一人一日一回とする旨の制限を設け、受付係員がこれに従つて受付けを行つている事情の下で、原告新島が岩井との接見を選んだことによるものであることが明らかであつて、同拘置所長の定めた右接見制限及びこれに基づく受付係員の本件接見申出拒否の行為に違法がないこと前説示のとおりであるから、原告石橋についても、その主張のような権利、自由の違法な制限があつたことを前提とする本訴請求は理由のないことが明らかである。

四  よつて、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 石川善則 吉戒修一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例